人生100年時代の設計が必要。

長い老後の時代。どのように生きるのか。

最終更新日:2017年9月13日

本日2017年9月13日の読売新聞朝刊に、「寿命100年 若い頃から準備」と言う記事があった。
ロンドンビジネススクールのグラットン教授は「政府は助けることはできるが、(生き方の選択に)責任を持つのは個人だ」として、若年期の大学教育だけではなく、人生の途中で学び直しなどの選択が増えると指摘した。
家族内において一人だけが働いて家族を金銭的に支える構造は不合理であり、学び直しや育児に際しては夫と妻の役割も逆転したり分担が必要となる。

政府にとっての最優先課題は、低所得者など労働市場における価値が高くない人々であろう。
数十年間専業主婦であった女性なども、本人の努力とともに社会的な支援が必要となる。

「年連に関係なく、知識が技能を身につけ、長く働くことが重要」と教授は言う。

日本政府も「人づくり革命」をおこなっているが、幼児から大学まで若年期の教育だけではなく、社会のあらゆる層に対する施策が必要となる。

仮に、年金受給開始年齢が70歳であったとして、人生100年時代には老後が30年ある。
生活にかかる費用が年間200万円だとしても、老後30年生きるためには6,000万円が必要となる。
この金額を自分だけでまかなうとしたら、20歳から70歳まで50年間働いたとしても毎年120万円の貯金が必要で、若い頃から老後を見据えた計画が必要な時代となっている。

もしこの金額を個人の貯金や年金でまかなうことが出来なければ、公的な扶助に頼ることとなる。

自発的安楽死

社会的資源は有限である。
歳を取れば収入はなくなるか極めて少なくなるのが一般的で、加齢に伴う病気などの出費も増える。
老後期間が30年〜40年になると、自分の蓄えだけで生きていくのは難しいと言わざるを得ない。
一部の裕福な人のほかは、公的な福祉サービスに頼る必要が出てくる。
しかしながら、超高齢社会において福祉の負担をする稼ぎ手は少なく、「資源」はさらに少なくなる。

重要な対策のひとつとしては、出来るだけ働いてもらう、という当たり前のことがある。

従来型のライフステージ「学生→就職→結婚・出産・子育て→年金暮らし」は多くの選択肢のひとつに過ぎなくなる。
例えば、「学生→就職→子育て→学び直し→起業→老後」など、多様なライフステージが出て来るし、これが可能な社会を作る必要がある。

健康を維持するというのも重要であり、健康維持に関する正しい情報や、医療システムが求められる。

それらの施策をおこなっても資源というパイは有限で、社会に生きる人々が分け合う必要がある。

この特に出て来る議論で、「70歳の人」と「20歳の人」のどちらかを優先しなければならない場合にどちらを優先するのか、という問題がある。
社会のことを考えれば、若い人を優先するのは当然となる。
年齢に関わらず、その社会にとって有益であるかどうかという観点から、資源の配分などの政策が行われるのは、極めて一般的で現在も行われている。
そうなったときに切り捨てられるのは、所得も資産も持たない高齢者となるであろう。

私は現在いたって健康であるが、今後認知症等により自分で自分のことがわからなくなり、他人の多大な労力を必要としなければ生きくことが出来なくなる、ということがわかっていれば、自ら死を選びたいと思っている。
そうなってからでは遅いので、そうなることが確実となった段階で、自ら死を選べる制度が欲しいと思っている。
もちろんこれは、「自分のことは自分の正常な思考により判断し決めていきたい」という私個人の価値観であり、認知症の人の生命の価値が低いと言ってるわけではない。

寿命が延びればそれだけ病気や重度の認知症といった症状も増える。
生命維持装置を外すなどといった「消極的安楽死」ではなく、耐えられない苦痛や将来が完全に閉ざされたときに、尊厳を持った死を選べる「積極的安楽死」の議論が必要な時代になっているように思う。

もちろん、社会的に排除され追い詰められた結果として死を選ぶようなことがあってはならないし、運用には極めて慎重である必要がある。
それでも、多様な価値観を持った人々が100年の人生を生きる時代に、選択肢のひとつとして悲観的ではない死を選ぶことが出来る社会が必要となるように思う。

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