法律なければ犯罪なし ー 法があるから殺してはいけないの?

殺人と自然法。悪法も法。法とはなにか。殺人は法がなくてもいけないのか。

最終更新日:2017年5月9日

先日「なぜ、人を殺してはいけないのか」というコラムを書きました。
法で決まっているからというのは、間違いではありませんが、考えることを途中でやめてしまっていると思います。

  • ・なぜ、法は守らなければいけないのか
  • ・なぜ、法は人殺しを禁じているのか
  • ・そもそも、法とはなにか

日本では、刑法199条に殺人罪という罪が規定されています。
ですが、人を殺しても罪にならない場合があります。
自殺(自分も人です)と死刑・戦争です(論者によっては、妊娠中絶や脳死も)。
これは法哲学の重要なテーマですが、今回はちょっとずれるのでこの辺で。気が向いたらいつか書きます。

法律なければ犯罪なし」という法諺(ほうげん。法律に関することわざ)があります。

罪刑法定主義(罪と刑罰はすべて法律に定めておくという決まり)の理念をあらわした言葉です。
近代法治国家において、刑法に罪の規定がない行為は犯罪ではなく罰せられることはありません。
ですので、殺人罪が規定されているから人を殺してはいけない。というのは、正しいです。
でも、できれば、もっと突き詰めて考えたい。

悪法も法である

という言葉もあります。
どんなに間違っているように思えても、法律で定められている以上は従わなければならない。
のか。

中には、従わなくてもいい、従ってはならない法もありうるのか。

戦後、ナチスドイツの反省から、正しい手続きで定められた法であっても、従ってはいけない法もある。
という認識が広がりました。

では、なにをもって「悪法」とするのでしょうか。
基本的に法は守られないと、国や社会は成り立ちません。

自然法や抵抗権という考え方があります。

自然法は、国や文化にかかわらず、人間が根源的に従わなければいけない法です。
法といっても、明文ではありません。
自然権(人が根源的にもっている権利)や人権の概念にも関わる考え方です。

抵抗権は、国家が間違ったことをしたら、市民は抵抗することができるとする権利です。

自然法は存在するのか。
存在しないのであれば、法がなければ殺人は構わないということにもなりえます。

つまり冒頭の問いは、簡単に答えがでるものではありません。

このように法にまつわるいろいろなことを突き詰めて考えて行く学問が、法哲学です。

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